(名古屋大学出版会・8400円)
◇今に変わらぬ社会を映す傑作ドタバタ劇
来年はダーウィンの生誕二〇〇年になるので、世界の各地であれやこれやと賑(にぎ)やかなことになると思われる。それと直接の関係はないかもしれないが、昨年はゴルドーニの生誕三〇〇年にあたった。それに便乗するかたちで刊行されたのが、この『ゴルドーニ喜劇集』。彼の手になる喜劇九本の翻訳であるが、上下二段組で約六五〇頁(ページ)ある。これだけ部厚い本になると、私などわけもなく嬉(うれ)しくなってしまって、書評することにした。
しかし、それはそれとして、彼は何者なのだろうか。晩年は、ルイ一六世の妹のイタリア語の家庭教師としてヴェルサイユで暮らしていたものの、そこにフランス革命が勃発(ぼっぱつ)し、年金を打ち切られ、極貧のうちに世を去った。一七九三年一月六日のこと。若い頃(ころ)はヴェネチアで弁護士をつとめていたが、のちに座付きの劇作家に転向し、ときには一年に一六本も書いたりした。要するに、一八世紀の西欧文学を代表する喜劇作家ということである。
それにしてもあきれるのは、喜劇や悲劇、歴史劇やロマンス劇と、時期に応じて書き分けながらというのならともかく、これだけ一貫してコメディばかりを書きまくるとなると、それだけで感動してしまう。しかも、傑作だらけなのだ。
結論的にはそういうことで、あとは読者に任せればいいのかもしれないが、『骨董(こっとう)狂いの家庭、あるいは嫁と姑(しゅうとめ)』の中からほんの少しだけ引用してみよう。
アンセルモ もし別の……別の……掘り出し物があっターラ、持って来ターラ。
アレッキーノ はい、持って来ターラ、また戻リーラ、またパクリーラ。
アンセルモ 「パクリーラ」って、どんな意味かね?
ブリゲッラ 旦那(だんな)さまだけ「特別扱いする」という意味で。
アンセルモ それはいい。もし君がわしをパクリーラするなら、わしも君をパクリーラだよ。
アレッキーノ 私、あなたをパクリーラするが、あなた、私をパクリーラしない。
アンセルモ よろしい。約束しテーラ。
ブリゲッラ 行っターラ、行っターラ。
アレッキーノ サヨナーラ。旦那ーラ(できることなら、ブリゲッラも騙(だま)しターラ)。
ブリゲッラ 待っターラ、待っターラ。
このテンポの速いバカバカしいやりとりの背景には外国語への茶化(ちゃか)しと詐欺行為がある。
この場合だけではなく、ゴルドーニの喜劇には詐欺、賭博、借金、嘘(うそ)のつきあいと騙しあい、相も変わらぬ男女のトラブル、主人と使用人のトラブル等々、今、われわれの眼の前で起きていることがすべて書いてある。そう、悪口の言いあいも、悪質のウワサ合戦も。読みながら、私など、テレビの画面に横行しているお笑い芸人を起用すればすぐに上演できはしないかなあ、それに、うけるだろうなあと思ってしまう。
お笑い芸人と呼ばれるひとたちは苦労してネタ帳を作ったりするということだが、もうその必要はない。『ゴルドーニ喜劇集』は秘宝の山のはずである。
もちろんその作品は超アップ・テンポのやりとりからなるだけではなく、格言めいた台詞(せりふ)も含んでいて、その双方が絶妙のバランスを保っていることも補足しておこう。それを探す仕事は読者に任せることにする。こんな喜劇もあるのだ。一八世紀のヴェネチア社会のドタバタが、そのまま今の日本にも横行しているとは……!(齊藤泰弘・訳)
毎日新聞 2008年3月9日 東京朝刊
http://mainichi.jp/enta/book/hondana/archive/news/2008/03/20080309ddm015070152000c.html