◇大岡玲(あきら)・評

 (文藝春秋・2500円)

 ◇神話的作家の熱く切ない魂の軌跡

 「中上健次という作家の登場は、現代文学にとってひとつの事件であったと私は思う。というのも彼は、作家となる宿命を背負ってこの世に生を享(う)け、その宿命を誠実に生きて死んだ稀有(けう)な作家だったと考えられるからである。これを書かなければ生きていけないというほどのいくつもの物語の束をその血のなかに受けとめて作家になった者がどれほどいるだろうか。健次の場合、おのずから作家となるしかない道をたどってきたのだし、また本人が好むと好まざるとにかかわらず、生まれ育った熊野新宮の被差別部落という場所が、あるいは霊地たる熊野総体が、殺戮(さつりく)されてきた自分らの声や叶(かな)えられぬ望みを伝える物語の記述者として健次を選び、彼をこの世に送り出したのではないかと思えてくる。」

 『エレクトラ 中上健次の生涯』の幕が開いてすぐ、著者・高山文彦はこう記す。たしかに、『枯木灘』『千年の愉楽』の創造者としての中上は、人と血と地霊が絡みあう濃密な神話の語り手として、ガルシア・マルケスやバルガス・リョサといった同時代の海外の作家たちにまったくひけをとらない存在だった。と同時に、誰彼を「ビール瓶で殴った」といった「酒場での暴力沙汰(ざた)には事欠かな」いという、具体的で一種下世話な神話にとりまかれてもいた。

 そうした「中上健次」ができ上がった過程を、著者は高性能のハンディカメラで密着取材をしていたかのような迫真性と熱気で描きだす。中上の雌伏時代、彼の伴走者でありきびしい批評家でもあった編集者・鈴木孝一と中上健次の、文字通り火花が散るようなやりとり、震えがくるほど熱い魂のぶつかり合いの場面にはじまり、健次の複雑な(という形容では、ひどく生ぬるく感じられるのだが)生い立ち、文学という解放の扉を開けた青春期、ひよわと居丈高が入り混じった彷徨(ほうこう)の日々。

 そして、「--私は部落が文字と出会って生れ出た初めての子である。(『生のままの子ら』)」という認識にたどりつき、そこから壮大な母殺し、父殺し、そして再生の神話を生みだす中上のこの軌跡を貫いているものが、彼の異常なまでのやさしさであることを、高山文彦はえぐり出す。

 そのやさしさは、時に気弱さとして、時に甘えとして、強がりとして、また時に、人の心を揺さぶらずにはおかない切なさとして表出してくる。たとえば、同人誌の合評会でむやみに他の同人の作品に咬(か)みつく者として。あるいは、連続射殺犯・永山則夫への絶望的な共感を感じてしまう魂として。そして、芥川賞の受賞が決まった時、凄絶(せいぜつ)な感謝の言葉と共に、編集者のワイシャツを涙でしとどに濡(ぬ)らす男として。

 小説家として脚光を浴びたあと、中上健次が「どう生きて死んだか」を追究する途上で高山氏が重視した作品は、『紀州 木の国・根の国物語』というルポルタージュだ。書き言葉によって支配する天皇制に、差別された民が築きあげてきた語り言葉の豊饒(ほうじょう)なカオスを対峙(たいじ)させるべく、紀州の「路地」をめぐる旅を行った中上の苦闘の描写は、熊野と同様そこここに霊気が立ちのぼる高千穂生まれの高山氏でなければなし得なかっただろう。

 最後の章にも、衝撃は待っている。母を殺し、父を殺し、言葉にあふれ、言葉に絶望し、故郷に還って光を生もうとしながらこの世を去った中上の、そのなきがらを前に「ただひとり堂々として」「自然な態度」をとる母親の姿に、慄然(りつぜん)とし、粛然とした。

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